みんな知ってるおなじみのあの商品、はたまた今話題のあの商品、
オピネットで話題になった商品などなど、注目の企業にオピネットが突撃インタビュー!
>>オピ研 バックナンバー

vol.185:株式会社ハナヤマ(1)〜会社の成り立ちから現在まで〜 2019.07.08

「ゲーム」といえば何を思い浮かべますか?多くの方は、テレビやスマートフォンなどのデジタル機器で遊ぶゲームを思い浮かべるのではないでしょうか。しかし、近年ボードゲームやカードゲームなどのデジタル機器を使わない「アナログゲーム」がブームの兆しを見せていることはご存知でしょうか。
今回は近頃のアナログゲーム人気のヒミツを、アナログゲームの製作80年以上の歴史を持つ株式会社ハナヤマさんにお伺いしたいと思います。

お話を聞かせてくださったのは、
株式会社ハナヤマ マーケティング部 部長の坂本忠之さんです。

まずは、ハナヤマさんのこれまでの歴史について教えてください。

創業当初から販売しているダイヤモンドゲーム。
(画像はリメイク版のものです)

ハナヤマは1933年、麻布十番に花山直康氏が設立した「花山ゲーム研究所」を前身としています。当時の日本では、パズルやゲームで遊ぶという文化がまだ定着しておらず、浸透していたのは囲碁と将棋くらいだったそうです。一方海外では、当時からボードゲームやパズル遊びが日常の遊びとして根付いており、それを見た花山は、日本でもこのような時代が来るのではないかと考えました。海外で遊ばれているようなゲームを日本に定着させる目的で会社を設立したんですね。設立当初は、既に海外で人気だった「ダイヤモンドゲーム」や「ラッキーパズル」などの商品を中心に販売していたようです。これらの商品は今でも販売しています。超ロングセラーのアナログゲームですね。

(「ダイヤモンドゲーム」「ラッキーパズル」については、次回掲載分で詳しくご紹介します)

創業時の商品が現在まで親しまれているのは驚きです。
また商品以外にも、先進的な取り組みをされていたそうですね。

写真は当時の販売店向けの商品紹介パンフレット
商品写真の下に商標Noの記載が確認できます

商品としてゲームやパズルに目を付けた点もそうですが、ビジネス的にも、海外の先進的なモデルを取り入れていたようです。例えば、当時の玩具・ゲーム業界では取引のルールが明文化されておらず、お互いの信頼関係で商品や代金のやりとりをするのが一般的でしたが、ハナヤマはいち早く取引先と契約書を取り交わすなど、取引のルール作りや明文化に取り組みました。また、自社商品の権利保護にも積極的で、商標や意匠権を取得し、取引先に対して書面で自社の権利を告知していました。当時の販売店向けのパンフレットが今も残っていますが、商品写真の右下に商標や実用新案の登録番号が記載されています。

創業期の取り組みが、今のハナヤマさんの土台となったわけですね。
その後はどのような経緯を経て、現在に至っているのでしょうか。

実は1972年に、創業者の花山直康氏の健康悪化で会社を畳もうという話が持ち上がったんです。しかし、当時商品の製造を引き受けていた小林邦巖氏が、すでに玩具・ゲーム業界で名が通っていた「ハナヤマ」の看板を下ろすことを惜しみ、商品やブランドを引き継ぐ形で「はなやま玩具株式会社」を創業しました。それが現在のハナヤマにつながっています。「ハナヤマ」ブランドを残したことで、過去に販売したゲームのお問い合わせを、作品のファンの方からいただくことがありますね。当時の「花山」や「はなやま」という名前からハナヤマを見つけていただけるようです。会社名を「コバヤシ」にしていたら、このようなお問合せは無かったと思います (笑)。最近はそのようなお問い合わせを受けて、復刻版の販売をすることも多いですね。

今でも昔の作品のファンがいらっしゃるという、長い歴史を持つハナヤマさんならではのエピソードを聞かせていただきました。
次回はそんな根強い人気を誇るハナヤマさんが製作・販売してきたゲームについて、時代を振り返りながら具体的にお伺いします。

◆この記事の感想や企業へのメッセージはこちらから◆
>>オピ研 バックナンバー
ホームへ | 企業インタビュー | イラストエッセイ| アンケート
このウエブサイトは(株)マーケティング・コミュニケーションズにより運営されています。
Copyright(c)2003-2019 Marketing Communications, Ltd. all rights reserved