水産練り製品の歴史は古いのです。900年前の平安時代に遡ると、祝宴の高坏に「蒲鉾」が登場しているし、おでんの語源となった田楽舞もこの時代が始まりとされています。 紀文は、この伝統食品を製造・販売し、築地で飛躍的に成長を果たしました。今でも築地には「紀文総本店」という直営店があります。
紀文の創業者はイタリア産のバイク「モト・グッチィ」に乗り、毎朝九十九里や小田原へ海産物の買い付けに走っていました。おかげで、紀文の店頭には毎朝新鮮な海産物が並び、評判が高まっていきました。 当時は白米10キロが20円、公務員の初任給が540円という時代だったのですが「モト・グッチィ」の値段はなんと1台3万円。紀文は、それだけ機動力を大切にした会社だったんです。
はい。 四方を海に囲まれた我が国では、古くから全国各地で、はんぺん・蒲鉾・さつま揚・ちくわなどが作られ、食されてきました。これらの魚肉加工品は、水産資源にたんぱく源を依存してきた日本ならではの伝統食品です。 今でも、同じ名前の練り製品なのに土地によって作り方や材料が違ったり同じものなのに名前が違ったりします。
紀文が市場を飛び出すことになったきっかけは、銀座松坂屋への出店です。 紀文の市場での評判を耳にした松坂屋の方に声をかけられ昭和25年にお店を出させていただいたのです。 先ほども言ったとおり、当時は練り製品は市場や小売店で取引されているものだったので、百貨店に出店した練り製品店はそれまでなく、紀文が初めてでした。 出店すると、一気に人気が出て、すごい勢いで全国に紀文の店舗が広がっていきました。
紀文は、全国のお客様へ様ざまな魚肉加工品をいち早くおいしい状態でお届けしたいという思いのもと、全国に工場、販売、物流の拠点を設けました。このことにより、"全国各地に同一品質の商品を提供できる"という紀文の強みを確立できたのです。 西日本の製造拠点として、今年の4月には岡山県の総社市に新工場が稼動しています。 これからも、品質への思いを焼印に込め、みなさんに安心していただける製品を作って行きたいと思います。
オピ研「紀文」BBS